■1972年
■Odyssey / CBS SONY
今回は初めて、日本人アーティストのアルバムを取り上げてみた。吉田拓郎のCBSソニー移籍第一弾。
当時、中学生だった自分は、兄が買ったこのLPレコードを何度も聴いた記憶がある。まだフォーク・ソングが全盛だった時代の、拓郎の魅力満載の素晴らしいアルバムだ。A面1曲目は、ボブ・ディランの「
Stuck Inside Of Mobile With The Memphis Blues Again」を思わせる、「春だったね」で軽快に始まる。A3は加川良の作詞、A5はライブでおなじみの「夏休み」、A7は
モップスが歌ってヒットした、「たどり着いたらいつも雨降り」。ここまでがA面。 アコースティック・ギターの響きが心地いい、「高円寺」、「リンゴ」、「旅の宿」、「祭りのあと」、「ガラスの言葉」が聴けるB面は特に秀逸。ギターの石川鷹彦の貢献度が高い。このアルバムを聴いて、フォーク・ギターを始めた中高生は多いだろう。自筆のライナーノーツも付いていて、拓郎ファンにはたまらない1枚と言えよう。
【ライナーノーツ】
元気です。
僕はやっぱり元気なのです。とてもたくさんの反感を買いましたが、考えてみればたかが一枚のレコードがヒットした位で目の色を変える事もないのです。マスコミを非難しておきながら、そのマスコミに踊らされている人達の多い事。見出し人間の多いのにはあきれます(かく云う拙者もその一人)。電車の中にはってあるあの週刊誌のチラシ、そしてそのチラシの只の一行をを読んだだけで全てを知ったかの如くふるまう人間。そう、皆んな見出し人間なのです。でも、もういいかげんにしようではないですか。そう、僕はいいかげんにしたいのです。もううんざりなのです。“帰れ!” なんて云ってはいけない。云った人も云われた人ももうその瞬間から敵味方、そんな馬鹿な事、やっぱりいけない。そんな貧しい発想で僕達は接触し合っていたのです。だから、もうフォークなんてマッピラと思ったりしているのです。そんなセコイ事しか云い合わない、お互同士で非難し合ったり。そして結局、気がついてみるとフォークほど「こうでなければ」とか「こんな事はしちゃいけない」とか云う規制が多いものはないのです。より自由であった筈のものなのに。でも、それでも人は云うのです、「フォーク・ソングは自由の歌である」などと。自由の顔をした不自由な籠の鳥です。だからもううんざりなのです。フォーク・シンガーになんかなりたくないのです。だって、僕はもっと自由でいたいし、人前でだけ器用に自由を売り物になんかしたくないから。もうやめよう、もういいかげんにしよう。僕の歌は僕の歌、君の歌は君の歌。ひょっとしたら、僕の歌と君の歌が接点を見出すことがあるかもしれない。だけど、だからと云ってそれがフォークでなければならない理由はひとつも無いのです。まやかしが多いのです。フォークなんて言葉に乗っかって甘えているのです。フォークだから何でも出来る、言えるなんてとんでもない事です。自分の歌だから出来るのです。自分で自分の言葉をもつのです。その時もうフォークなんて関係ないのです。何でもいいのです。自分の歌であるならば、自分のメロディを皆んながもてれば・・・・・・。僕はやっぱり元気なのです。
さて、レコーディングのお話です。ミキサーの田中さんには心から敬意を表します。いつも笑顔で僕のわがままを聞いて下さいました。石川鷹彦選手の協力もこのLPでは大きかったのです。皆んなとてもいい人達です。前田仁氏はレコーディングのあいだ中卓球をしておりまして世界でも類を見ない有能なディレクターなのです。各プレーヤー諸君御協力ありがとう。とても楽しい一ヶ月半でした。
1972年6月24日 拓郎

